「心地よさ」は常にそこにあったと気づいた|クンルンネイゴン

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警察官をしているときに「こんなことやってる場合ではないっ!」と思い立ち警察官を辞めて、しばらく情報発信の世界で生きていくことにしました。近場の目標は家賃27000円のアパート生活を終えて、言葉を学びに外国に行きます!

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クンルンにおける至福と呼ばれるものですが、表現がなかなか難しいんです。

先生はその感覚のことを「心地よさ」と表現していましたし、本には「至福」と表現されていたりします。

私が実践している時に身近に感じているあの感覚のことだと思うのですが・・・

私の表現で言うと「恍惚感」が一番しっくりくるのかなと思っています。

クンルンの他の記事にいつの間にか倒れるようになった話を書いていますが、ここが「恍惚感」との付き合い方の分岐点になったと思っています。

倒れた時に右手の親指を突き指し、左側頭部を洗濯物干しにぶつけ頭が割れました。

怪我をするまではこれがクンルンの当然の道だと思って実践していたのですが、下手するともっと大きな怪我をするかもしれないと思い、先生に相談しました。

その時に初めて「恍惚感」、「至福」との付き合い方を教えられ、自分の「恍惚エリア」との付き合い方が間違っていることがわかりました。(クンルンの本では「強烈な至福」が強調されているイメージがあってそれに浸っていていいものと思い込んでいました。)

ようやく今日の本題ですが、今日(7月17日)の実践中にわかったことは「恍惚感は」常にそこにあることに気がついたんです。

これまでは「恍惚感」を一生懸命追いかけてクンルンを深めようとしていたけれど、倒れて「やばい」と思ってから「恍惚感のある場所」をよく確かめてみたんです。

するといつもそこにあることに気づいたんです。

そっちにいつでも行けるけど、いつでも離れることができる。そんな感じです。

それがわかるようになって今のところ、倒れていません。

たまに呼吸が完全に止まり「強烈なお迎えの感覚」が来るのですが、そのあとどんな感覚がやってくるのかわかるようになりましたのでこれもなんとか対処できるようになりました。

 

これからクンルンとどんな道が続いていくのかたのしみです。

それではまた。
クンルンネイゴン実践の記録【目次】

 

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