クンルンネイゴンのグラウンディングとは何なのか?

クンルンネイゴン

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警察官をしているときに「こんなことやってる場合ではないっ!」と思い立ち警察官を辞めて、しばらく情報発信の世界で生きていくことにしました。近場の目標は家賃27000円のアパート生活を終えて、言葉を学びに外国に行きます!

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7月12日の記事で実践中に気絶することに関して書いた。

その時、僕がクンルンを習った人に聞いたら「快感の方に流されるな。なんのためにクンルンするのかよく考えろ。」という意味のことを言われた。

言われた時、全く意味がわからなかった。

そもそも自分のが体験して自分のものにしたものでないとわかるはずがない。

クンルンに関しては特にそうだけど、人生においてはその他のことも全部そうだと思う。

伝える側もことばで表現しても、それが相手にとっての感覚とマッチするかわからないので、ヒントを出すことはできてもその先は言われた本人が自分で確かめるしかないのかなって思っている。

僕はここを上手に表現できる人になりたいとも思ったりする。(今はするべきなのか、そうでないのかもわからない。)

それで、今回の記事はグラウンディングのことが少しわかったような気がしたというか(そもそもグランウディングがなんなのかわからない。)

体験から、「つまりはこういうこと?」と感じたことがあったので、それを自分の記録のためにも書いておこうと思った。

実践中に訪れる分かれ道

五行やクンルンを実践していると、「甘美な恍惚を味わえる分かれ道」が現れることがある。

僕はこれまで喜んでその中に飛び込んでこれでいいのだ!と思っていた。

そしたら、いつの間にか実践中に倒れてしまうようになった。(最初は進んでいるのならこれでもいいのかなと思っていた。)

でも、「倒れること自体自分を支えられていないのだから、単純に危ないよね。」と思った。

だから先生に相談してみた。

その時言われたように今日の朝実践した時には「お迎えに来た恍惚感」についていかないことにしてみようと思った。

やってみるとちゃんとできて、表現するのはなかなか難しいけど、なんかペラペラはためく2つのページを選択できるというか・・・

恍惚の方に自分を差し出してしまうのではなく自分を確認できる位置にとどめておくというか・・・。

時に激しいお迎えが来て、そこは一度ポーズを解いて背中側の壁に手をついてしのいだことも1度あった。(何度か倒れると、倒れる時がわかるようになった。)

だんだんこういうことかな?とわかってきたような気がした。

これがグランディングというのかどうかはわからないけれど、地に足は付いていたような気がした。(倒れなかったし)

この感覚でしばらく実践してみたいと思う。

今日はここまでにしておきます。
クンルンネイゴン実践の記録【目次】

 

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