小麦の歴史|小麦が食べられるようになった経緯と不都合な真実

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警察官をしているときに「こんなことやってる場合ではないっ!」と思い立ち警察官を辞めて、しばらく情報発信の世界で生きていくことにしました。近場の目標は家賃27000円のアパート生活を終えて、言葉を学びに外国に行きます!

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日本で小麦が食べられるようになった経緯について簡単にお話ししたいと思います。

小麦が日本において食べられるようになったのは戦後です。

戦後日本は食べるものがありませんでした。

戦勝国であるアメリカは、日本に小麦を食料として運びました。

そして、パンを作らせ、ラーメンを作らせ、うどんを作らせました。

日本国内に小麦文化が行き渡ったところでアメリカはタダで供給していた小麦を突然ストップしました。

日本人には十分なほどに小麦文化が浸透していましたので、小麦を急に止められるとたまったもんじゃありません。

アメリカは、「小麦が欲しければ買ってください。」と言いました。

これが小麦の始まりです。

現在においても日本に対する最大の小麦輸入国はもちろんダントツでアメリカです。

思い切って言っちゃいますが、アメリカは日本に小麦を売るために戦後政策をしたということです。

このとおりです。

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戦後間も無く始まった小麦の食文化は廃れること無く現在も脈々と続いています。

アメリカは戦後に敷いた小麦政策で今でも稼いでいるということですね。

私も小麦文化の恩恵を受けている一人で、うどん大好きです。

最近はあまり食べなくなりましたが、ラーメンも大好きでよく食べていました。

お好み焼きも大好きです。

粉物と言われるものは嫌いなものなど全くないどころかほぼ好物です。

これで体と精神に与える影響が何もなければ何の問題もないのですが・・・

さらに中毒性があることも私はわかっているんですけどね。

最近お酒もあまり飲まなくなってきたのですが、小麦はまだしばらく仲良くしていきそうです。

ちょっと話が逸れますけど、食の危険を調べ始めるとあれもそれも恐ろしくて食べられなくなります。

しかし、悪いことを知った上でご褒美的に食べることは少しぐらいはいいのではないかと考えます。

好きな食べ物を食べることで少しくらいは自分が喜ぶことをしてあげるのもいいのではないかと思うのです。

ただ、何も知らずに自分がよくするままに食べると今の時代はちょっと厳しいのかもしれません。

さらに小麦の怖さについてお話しします。

ポストハーベストとプレハーベストについてお話します。

まずポストハーベストですが、これは小麦を輸入する時に農薬漬けにしないと国内に入れられないというルールがあって、輸入時に農薬漬けにすることをポストハーベストと言います。

どういうことかというと、輸入小麦の時点で、農薬まみれの小麦である可能性が高いということです。

そういうものを食べているということですね。

次にプレハーベストについてお話しします。

これは収穫直前の農薬散布です。

収穫直前に農薬を大量に散布すると、小麦は「殺されるー。いっぱい子孫を残せ〜。」と言ってたくさん成長するわけです。

嘘みたいなホントの話です。

つまり収量を上げる目的で収穫前に大量の農薬を散布するこれがプレハーベストです。

「ハー。ガッカリ。」

と思われた方も多いことでしょう。

でもこれが現実なんです。

なので美味しいうどんを紹介するからにはこういう事実も皆さんにお話ししなければならないと思っているんです。

まとめ

いかがでしたか?ちょっとショックも大きな話でしたが、私がちょっと言ったくらいでは小麦業界はびくともしませんからご安心を。

皆さんの判断になりますが、こういうことを知って原因不明の不調が少しでも減ればいいのかなと私は思います。

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2016.06.03

 

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